内側と外側から締め上げよう

労働条件を提示してもらおう

先ほどのブログに書き忘れてしまったのですが、21日の販売部での仕事内容説明の後に、異動後の労働条件について、書面で提示してくれるように会長に依頼しました。これは、最後の反論メールの終わりの方にも書いていたことですが、配置転換に伴って給料を下げられてしまう事例があり、大幅に下げられた場合は「不利益変更」ということで、これも違法にあたるということでした。そのため、「不利益変更」があるかどうかを前もって確認するためにも、賃金を含めた労働条件については、書面での提示を求めました。

このブラック出版社は雇用契約書もないような会社なので、私が厚生労働省のホームページからダウンロードした労働条件通知書の書式を「こんな感じで提示してください」と会長に渡すと、「これを埋めるのか」とばかりに目を白黒させていました。

しかし、甘っちょろいことは言っていられません。この配置転換で給料が下げられたなら、私はすぐさま、ユニオンに入って、本物の団交をするつもりでした。この週末の金曜日には、カリスマさん・前田さんと某ユニオンへ相談に行くことになっていたので、それまでに会長からの労働条件通知書を準備しておき、叔父様とTさんにツッコミどころを指摘してもらいたいのです。

そんな焦りもあり、「いつもらえますか?」と早速期限を切りにかかると、会長は「いやあ、私もいろいろと仕事を抱えているし」などと渋りだしたので、「そんなに難しい書類じゃありませんよ」というと、「まあ、誰か他の人に作ってもらってもいいか」というので、「じゃあ、24日の金曜日にはもらえますよね」と念を押すと、「それぐらいなら大丈夫でしょう」と会長は答えました。まあ、それまでに準備できていなければ、金曜日までにこちらで埋められるところは埋めておき、賃金のところだけは、口頭でもなんでも会長に言わせようと考えていました。

最後に、「今回のことがあって、労基署とか労働局に通うはめになっちゃいまして、そういうところが『労働条件を書面で出してもらえ』ってうるさいんですよ。もう目を付けられちゃってw」と付け足しておきましたw とにかくできうる限りの牽制をしておきたかったのです。

カリスマさんはメールでの攻撃開始

一方のカリスマさんは、会社へは出社せず、3/21の朝に会長宛にメールを送りました。内容としては、一方的な解雇撤回には同意できないため、当初の3/20付けの会社都合解雇で受けます、ということ。したがって、会社都合退職を証明する書類と離職票をすぐに発行し、送付するように、ということ。それから、30日前までに解雇予告が必要でしたが、2月は28日しかなかったため、不足していた2日分の解雇予告手当てを早急に振り込むように、さらに、過去の約2年間にわたって、会社の社保折半負担分として、給与から一律3%を違法に減給していた分についても支払うように、というものでした。

後ろ盾があるというのは強いもので、争う気満々のメールです。これに対して、会長がどのように返してくるのか、これは見ものです。「解雇は撤回しただろう」とゴネだしたら、いよいよ弟弁護士さんの登場です。弟弁護士さんの登場に会長がギャフンというところを見たいような気がしますが、しかしそこまで会長は無防備にバカだったりするんだろうか?と興味津々です。

「4人が一致団結して」というのも会長にとっては怖いのでしょうが、それぞれが独自のアプローチで会長に詰め寄っていくのも、なんだか面白いなと思いました。だれかのアプローチが、思いがけない作用を生んで、別の人のことが思ってもみなかった方向に動きだす。それぞれの動きが複雑になり、絡み合い、どんなうねりを作り出していくのか、誰にも想像がつかない。「これは面白いことになってきたな」と思い始めました。

 

まずは軽い応酬から

通勤電車のなかで開き直る

3月1日から始まった、有休消化による長い春休みは終わってしまいました。春休みとはいっても、毎日のように労働関連で関係各所へ相談に行ったり、状況が変わるたびに、どこかにツッコミどころはないかと、ネットで調べたりしていました。その一方で転職活動のために職務経歴書をまとめ、各転職サイトに登録して、よさげな求人を探し出し、記載されている会社名で口コミを調べて、いい感じならば応募する、ということをしていました。なので・・・・あまり休んだ気はしません(-_-;

それでも、朝はポケGOウォーキングをしたり、学校から帰ってきた子どもの話し相手をしたり、普通のご家庭と同じような時間に夕ご飯を食べたりと、会社からは干されて、まるで島流しになっているような状態でしたが、それなりに暮らしを楽しんでいました。しかし、そんな日は長くは続かず、久しぶりの会社への出勤は、島流しから、突然に敵将の城に引きずり出されるような、そんな気持ちになっていました。

他の社員からすれば、私を含めた書籍編集部の面々は、部署が解散になって解雇され、そのために有休消化をしているんだと思っているでしょう。そこへノコノコと出社するわけですから、私としてもなんと挨拶したらよいのやらわかりません。しかし、こちらは何も悪いことはしておらず、会長が一方的に二転三転させた挙句のこの事態です。だれかに「どうして出社しているの?」と聞かれたら、これまでのいきさつを全部しゃべってやればいい!と、通勤電車に乗っている間に開き直ることができました。

会社の中は不気味に平常を保っていた

会社に着くと、同じシマに座っている季刊の小動物雑誌の編集長さんがとても心配そうな顔で「みんなどうしちゃったかと思って」と声をかけてくれました。私も「後で詳しくお話します」と答えました。始業時に書籍編集部のシマにいたのは私だけでした。おそらく後から、おっちょこちょいな人がやってくるでしょう。今日は彼女が、会長にK文書を提出して、自己都合でもなんでも、とにかく有休を消化して退職させてくれと交渉する日でした。

私のほうは、とりあえず販売部での仕事の説明があるまでは、書籍編集部の残務を片付けようと、これまでにかかわりのあった著者や材料提供をしてくれたメーカーさんなどに、書籍編集部の解散と私自身の営業局への異動、そして、新たな書籍の企画は会長宛に提案して欲しいことと、追加で書籍を購入したい場合の窓口の案内をメールで送ることにしました。本当は3/20の解雇までにメールをするつもりだったのですが、情勢が非常に流動的だったため、引継ぎメールも出せない状態でした。あらかじめネットで見つけた例文を自分用に書き直して、名前だけ差し替えて次々と送りました。後にこのメールがきっかけで、会長とのバトルへ突入するわけですが(笑)

午前中のおっちょこちょいな人と会長の話し合いは、順調に和やかに進んだようです。というよりも、おっちょこちょいな人は、もうこれ以上会長と話したくないということで、代休は別途申請を済ませ、有休は会社基準の「9日間」だけを申請し、販売部での仕事は、3/21に発行になった料理本の販促活動として、ポップを作ったり、書店でのちょっとしたプロモーション活動やイベントなどをやるということで、ほとんど書籍編集部の雑務のみをやって、有休を消化しつつフェードアウトする、という計画書を作り、会長に了承をもらったようです。

あまり揉めたくなかったこともあり、「退職願は書きましたが、できれば会社都合にしてほしいです。ご検討下さい~」という感じで、要望はふんわりと伝えたようです。彼女とお昼へ一緒に行きましたが、ともかく無事にドロ舟脱出が決まり、心底ほっとしているようでした。戦線離脱してほっとしている様子の彼女を見ていると、少し羨ましくもありましたが、自分は自己都合では絶対辞めないぞと、兜の緒を締めなおしました。

やや遅めのランチから戻ると、会長から打ち合わせ室に呼び出されたので、胸ポケットにICカードを仕込み、腰ポケットにはマイク側を上にしたiPhoneを忍ばせて、ゆったりと打ち合わせ室に向かいました。

営業局販売部への転属について説明

まずは会長から「営業局販売部への異動を受けてもらいたいと思う」と少し言葉を切りながらですが、言われました。私としては今回の異動について、こちらの質問に一言も答えてもらっていないので、納得はできていないと答えました。ただ、会社から辞令が出た限りは、言われたところに行くしかないと思っているので、とりあえず指示に従います、と答えました。

会長からの指示としては、3/24(金)までは書籍編集部の残務をすること。勤務時間も編集部と同じで、席も現在の書籍編集部の席のままでよいとのこと。そして、3/27~31の1週間は、いつも本の在庫を置いている倉庫会社の、埼玉にある倉庫へ研修に行くこと。4/3(月)からは書店営業に回ってもらう、ということでした。会長がなにか一言いうと、私もそれを復唱し、ノートに丁寧に記述していきました。倉庫での研修や4/3からの書店営業についての細かな質問は、半年ほど前に、前田さんの少し後に入社してきた通称「黒い雨」に尋ねるように・・・・ということでした。

とりあえずの会長への質問として「4/3からは、席は営業局販売部の方へ移動になるんですか」と尋ねました。すると会長は「いや、今のままでいいです。Yさん(おっちょこちょいな人)は辞めるそうだけれど、まだIさん(子持ちママさん)がどうするか分からないから。いずれにしても、席は今のままで。営業に出るようになれば、そんなに自分の席にはいないでしょうし」と答えてきました。でも、それはちょっとおかしな話だなと、会長が話すのを聞きながら思いました。子持ちママさんが販売部への異動を受けるはずがないのに、なんだか誤魔化しているようです。

次に営業の仕方やノルマについて尋ねました。書店営業はどれぐらいの範囲(首都圏とか関東地方とか)を行なうのか、ローラー作戦的に片っ端から攻めていくのか、それともあたりが良さそうな書店に何度か通うようにするのか、どの本を重点的に案内するかなどなどです。しかし、会長はこれらの質問には「営業のことはよく分からないから」とほとんど答えませんでした。ただ、「効率よく、かけた交通費に見合った注文数が取れるように」などと言うので、「まあ、私は営業の素人ですから、どこまでできるものか分かりませんがね」とふてぶてしく答えましたw

ほぼ話が終わった頃、会長から「ところで、あなたともう1人は、すでに就職先が決まっていると聞いたんだけれども」と言ってきました。そのときは、本当にまったく次のあてが決まっていない状態だったので、心底「へ?誰がそんなこと言ってるんですか?」と素で返事をしてしまいました。すると「それは誰とは言えないけれど・・・・ほら、カラオケ雑誌の方で人を募集しているでしょ?その関係で・・・・」などと言い出しましたが、この辺はまったく意味不明でした。あとから考えると、今回のことを知っているのはごく一部の人だけだし、そんなことを言いふらす人がまったく思い浮かびません。単にカマをかけてきただけなのでしょう・・・・だとしても意味不明ですが。

理不尽な辞令を自分で張り出す・・・・

とりあえず、来週以降の細かいことは「黒い雨」に聞くしかありません。この「黒い雨」は、ずっと手芸分野の雑誌などに関わってきたようですが、この会社にやってきた当初から、ものの言い方が断定的で、55歳という年齢的なものもあり、妙に説得力がありました。会長もこの「黒い雨」に頼りきっている感じで、新しい書籍の企画を出しても、会長では決められずに、最終的にはこの「黒い雨」がGOサインを出す形になっていました。

しかし、頭ごなしに「こんなのは売れない」とか「出してもいいけれど、取次ぎに案内しない」などと、言うことが乱暴で、その割りに本人の出してくる企画にセンスがなく、装丁についてもトンチンカンな指示を出してくるので、私たちは「あの人をあんなに信頼しきって大丈夫なのかしら」と危惧していました。そんな人に、これからは指示を仰がなくてはならないのは癪ですが、「黒い雨」は週末に出張に出てしまうということでしたので、明日の午前中には倉庫研修と書店営業についての質問書を渡さなくてはならないと思いました。

とにかく、決戦の初日でハッキリとわかったことは、会長は今回のことはほとんど社内の誰にも相談していないし、書籍編集部の面々を解雇撤回の上、営業局販売部へ転属させたことを、社内であまり目立たせたくないのだろうな、ということでした。そこで、会長と「黒い雨」が打ち合わせ室でなにやら密談している間に、その日もらった社判が押されている正式な辞令を、自分でカラーコピーし、エレベーター脇の掲示板に張り出してやることにしました。こんな辞令、みんなもこの会社では初めて見るに違いありませんw それに、辞令は発表されたら張り出されるものですw 今回の理不尽な異動を、他の社員にも知らしめてやろうと思いました。

週明けからの闘いに備える

そもそもの赤字の根拠を探る

そもそも書籍編集部が解散になり、私たちが解雇とされた大元の原因、「??00万円の赤字」について、結局なんの説明もないままでした。それに、私たちは自分たちの作りたい本を勝手に作っていたわけではなく、大半はトップダウンできた企画を書籍にしていた部分もありました。

そこで、赤字とされている数字の根拠を自分でも割り出してみようと思い、問題となった昨期に発行された全出版物の、販管費まで引いた差し引き収支を、一覧表にすべてまとめて、部門ごとに合計を出してみました。すると、書籍として発行されたものの差し引き収支が「??00万円の赤字」を作っていることが確認できました。さらに、その赤字額のうち、会長のトップダウンで作られた書籍と、会長自らが企画して担当した書籍の赤字、それから、12月で辞めていった前社長のトップダウンで作られた書籍の赤字が占める割合も、円グラフまで作って確認してみました。今さらこんなことが確認できたからといって、なにがどうなるわけではありませんでしたが、もし会長に反論する機会があったのなら、これで自信を持って反論できます。

しかし、書籍編集部が解散になって、編集者も解雇ということで有休を消化していたはずの私が、突然復帰してきて、しかも編集から営業に異動させられて、粛々と書店営業の仕事をこなしていたら、一体ほかの社員たちはどう思うのだろうと想像してみました。それはきっと会長にとって、とても不都合なことであるに違いありません。そして、これまでは、私たちの動きを話すことができませんでしたが、これからは、今までに私たちに起こったこと、この1ヶ月間に会長からどんな仕打ちを受けてきたのか、洗いざらい、思う存分、ほかの社員に喋ることができます。そう思うと、憂鬱だった来週からの復帰が、少し楽しみにも思えてきました。

ここで新たなタッグを組むことに

以前に、私たちより2週間ほど前に「業務委託でできないか」と打診されていた営業の男性のことを書きました。この男性、実は私と同じ苗字の方で、しかも書店営業をしているのです。つまり、私も書店営業の仕事をするとなると、同じ業務に同じ苗字の社員が2人就く状態になり、まるで兄弟漫才師の「まえだまえだ」のようなことになることが分かりましたw なので、ここからはこの男性を前田さんと呼ぶことにします。

この前田さんは、以前は某ユニオンに相談しながら、「この会社のおかしなところを正していきたい」というようなことを言っていて、私たちも少し距離を置いていましたが、さすがにそれは意味がないことだと分かったようで、このころには「一刻も早く転職先を探して会社を辞めたい」という方向に変わっていました。ただ、年齢が55歳で、しかも会長にヘッドハンティングされた形で、ほんの半年ほど前にこの会社にやってきたばかりだったので、転職するにも、本当にお気の毒な状態でした。

しかし、私たちの解雇が撤回され、とりあえずは私も前田さんと同じ業務に就くことになり、「みんな営業においでよ。のらりくらりやって新天地を探そうぜ」という感じで迎えてくれて、私も心強く思っていました。会長から無茶苦茶なノルマを押し付けられてパワハラを受ける心配はありましたが、基本的には自分たちが作ってきた本を書店に置いてもらえるようお願いするという営業であり、私が以前の会社でやっていたような、業界内の力関係を利用する「ブラックな営業w」に比べたら、随分とまっとうな営業だと思えました。

 某ユニオンの叔父様からも、私と前田さんが同じ業務に就くのであれば、私が異動した後の状況がはっきりしてから、一度、2人揃って相談に来てもらい、Tさんも含めて作戦会議をしましょう、とアドバイスしてもらいました。さらに、会長にとっての私は「次の仕事が決まるまでのつなぎとして、会社に居座る存在」となるので、今後さらに、「辞めろ」的な行動を会長が取ってくるかもしれないので、その時のための準備をしましょう、とのことでした。

そうなのです。会長にとって、これからの私は「辞めて欲しいのになかなか辞めない邪魔な存在」となるわけです。採用された時の自分の嬉しかった気持を思うと、ついには自分がそんな存在になってしまったことが悲しくなります。それに、どんな嫌がらせをされるのかと、とても不安で、一刻も早くユニオンに入って(この時は出家をするような気持ちになっていましたw)気持を落ち着かせたいところですが、ここまできたら慌ててもしかたありません。私としては、某ユニオンで相談ができるように、異動したあとの労働条件をキッチリと会長から聞き取って、文書にしておこうと思いました。

会長との会話を録音する

一番最初の2/20に解雇の話があったときから、私たちは会話を録音するようにしていました。ただ、カリスマさんのiPhoneにはうまく取れていたのですが、私のiPhoneの方は、動作させてから7秒の間しか録音できておらず、失敗していました。その後も上着のポケットに入れるなどして録音を試みましたが、話し声があまり明瞭ではなく、かなり聞き取りにくい録音状態でした。今までは4人で束になってかかっていたので、私だけが録音に失敗しても問題ありませんでしたが、今後は1人で会長に対することになります。しかもパワハラ発言や交渉の鍵となる重要な発言が飛び出してくるかもしれません。録音に失敗している場合ではありませんでした。

私が以前に勤めていた会社に、「ナンチャッテ労組」の人たちがいました。ナンチャッテなどといっては悪いのですが、正直いって、ちゃんと労組として成り立っているのかな?という疑問がずっとあったので、私の中ではそんな風に呼んでいます。その「ナンチャッテ労組」の人たちが、会社側との団交の際に、テーブル上にICレコーダーを置いて、団交での会話を録音していたように記憶していました。

私も取材用のICレコーダーを持っていたので、これを机の上に置いておいたら、かなりクリアーに会話が録音できるのではないかと思いました。ただ、机の上にこれ見よがしにICレコーダーを置いておくことが果たして得策なのか?それはちょっと分からないところでした。そこで、某ユニオンの叔父様に、会長との会話の録音について、どのようにするのが得策なのかを確認してもらいました。

 叔父様からの返事は、「公然とやるには相手の了解が必要なこと」「もし認めたとしても、警戒して本音を言わなくなる恐れがあること」「もちろん、相手の不当な発言や対応をけん制する意味はある」「ただ、相手の了解を取ろうとしたときに、一度拒否されてしまうと、その後は録音するのが難しくなること」などのアドバイスをもらいました。まずは「ポケットやカバンに入れてうまく操作してみてはどうか?」ということでした。

なるほど、ICレコーダーを机の上に置くことで、不当な発言をけん制できるのでは?と思っていたことは確かなのですが、一度拒否されてしまうと、その後は録音できないと聞いて、さすがにそれは上手くないと思いました。そこで、しばらくはポケットつきの上着を着ていくようにし、ICレコーダーは胸ポケットに、iPhoneはマイク側が上になるように、逆さにして腰ポケットに入れ、二重録りで臨むことにしました。

その後もさらに叔父様から、労働条件は文書で提示するように求めて、もし拒否されたら「メモをとるのでゆっくり話してください」と要望して、自分で復唱しながらメモを取れば、自分のポケットに入っているレコーダーでも上手く録音ができるのではないか?とアドバイスをもらいました。今後は、会長から打ち合わせに呼ばれたからといって慌てずに、録音機器を確実に動作させ、なるべく物分り悪く、ノタクタと話し合いを進めるようにしようと思いました。

それぞれの途へ

3月20日の春分の日は、なんだかやっぱり憂鬱でした。書籍編集部は今日で解散になってしまいました。そして明日からは営業局販売部に異動。なんだか明日になって欲しくないような気持ち・・・・三連休だと言うのに睡眠が安定せず、3時間とか5時間といった短めの睡眠ばかりになっていました。ダンナに「明日から会長に虐められるよ~」と冗談交じりに不安を口にすると、「でも虐めてくるのは会長だけだろ?」と言われ、確かに会長以外の社員は、一体なにが起こっているのか、まるで知らない状態です。しかもたった20人しかいない会社ですから、まったく知らない人ばかりの部署へ飛ばされるわけではありません。そう思うと、虐められるといっても、たかが知れているという気がしてきました。

その日の夜遅く、カリスマさんより、長めのラインが入りました。お母さんや弟弁護士と相談して、当初の3/20解雇を受け入れることにした、ということでした。会長からの辞令では、「4/20までに手芸雑誌の業務を遅滞なく進めること」となっていましたが、現時点で手芸雑誌を4/20までに遅滞なく進めることは不可能なこと、また、この時点での退職が、会長に一番打撃を与えるであろうこと、そしてなによりも、会社都合で辞めれば、失業保険をすぐにもらえて期間も長いため、やはり得策であること、という理由が説明されていました。翌日21日の朝には、その旨をメールで会長に伝え、それに対して会長が「解雇を撤回しただろう」とごねてきたら、そこからは弟弁護士が返り討ちにするということでした。いよいよ本職の登場で、これは明日以降の会長の動きが見ものですw

カリスマさんは、私と一緒に会社に残り、ユニオンに入って会長に闘いを挑むことができなくなったことに対して、「ごめんなさい」と言ってくれましたが、私は初めから自分だけが会社に残って、1人でユニオンに入って会長と対峙するつもりでいたので、「気にしなくていい」と答えました。それよりも、「カリスマさんは外側から、私は内側から、会長を締め上げてやりましょう\(`□´)/」と返しました。長かった春休みは終わり、いよいよ明日から決戦です!

 

 

いくつかの道筋を考える

再び体調と睡眠が不安定に

3/13に解雇を撤回されて以来、夜寝ようとすると「バクバク」と動悸のする日々が続いていました。なかなか寝付くことができず、やっと寝たと思っても、夜中の2時半~4時の間に目が覚めてしまい、そのまま眠れずに朝になってしまうことも増えてきました。これから復帰して、会長からの嫌がらせやパワハラにあえば、さらに眠れなくなったり、体調に異変が表れることも考えられ、その場合はすぐに診断書を出してもらえるクリニック(ダンナが何年か前にお世話になったところ)に駆け込んで、休職+傷病手当コースを取ることも視野に入れていました。そのため、手帳に何時から何時まで眠ったかを記録し、「動悸」や「顔面(神経痛)」などの文字も書き込むようにしていました。

某ユニオンをお守りにして

私としては、営業局に転属した状態で会社に戻り、1人で某ユニオンに入って、ユニオンのTさんや叔父様の力を借り、法定有給休暇の全消化と会社都合退職にこぎつけたいと思っていました。前回、某ユニオンへ相談に行ったときに、Tさんが「我々が介入したら、法定有給休暇を取らせて、会社都合での円満退社まで、だいたい1ヶ月ほどでこぎつけることができる」と言っていたので、その言葉が私の中で大きな支えになっていました。

子持ちママさんとおっちょこちょいな人が自己都合での退社を決意したのを見ると、編集をしていた人間が営業に回されることの心理的負担は、やはり計り知れないものなんだと今回も思いました。そして、それを知った上で、そのような配置転換命令を出してくる会長のやり口の汚さ・・・・カリスマさんも私のことを案じて「(営業に行くことで)心が折れてしまわないかと心配で」と言ってくれました。案じてくれて嬉しく思いながらも、「私はわりとこれまで雑草道を通ってきているので、大丈夫ですよ。前の会社でも辞めるまでの1年間は営業やらされていたし。今回は早ければ1ヶ月、長くても3ヶ月ぐらいの我慢だから大丈夫ですよ」と明るく答えました。

そうなのです。なぜか私は、会社を辞める時には営業をやらされているのですw といっても、今までの会社は私を辞めさせたくて営業をやらせたのではなく(だと信じたいw)、「あなたなら営業もできるでしょ」ということで、制作や編集と兼務で営業もやらされていたのです。結局は「私に営業はムリ」ということを自覚し、それらの会社を辞めてきたわけなのですが・・・・。

占い師の予言

子持ちママさんは、結構スピリチュアル系が好きな人で、水晶やパワーストーン、性格診断や占いなどの企画をやりたがっていましたが、この出版社は「スピリチュアル系はNG」ということで、本領を発揮できないままでした。しかし、今回の解雇劇があって、みんながそれぞれ労基署や労働局、身内の弁護士に相談する中、子持ちママさんは、真っ先に自分が信頼している占い師さんのところに相談に行ったというのですw

その占い師に会社のことを占ってもらったところ、「3月20日以降、会社の空気がそうとう殺伐として、会長に掴みかかる人がいるくらいの状態になる。怒りのエネルギーが充満しているので、あまり近寄らない方が良い。そして、春分から夏至にかけて、大きな動きがある。もしかしたら会社がますます縮小するか、何かが終わるのか。倒産かもしれないけれど、形を変えて会社の存在自体はこの先も続きそう」という結果が出たということでした。

おっちょこちょいな人が、会長からカラオケ雑誌への転属を打診された際に、「書籍編集部から反論や反省の弁が出てこなかったのは残念だった」「業務委託になってでも、どうしても本を作りたいという熱意がないなら、解散でいいと思った」といわれて、わなわなと怒りに震えたと言っていましたが、その話を聞いた私も、怒りのあまりに目眩がしてしまい、「もしかしたら、会長に掴みかかってしまうのは、私かもしれない」と思いました。しかし、むやみに会長につかみかかったところで、物事は解決しません。なんとか冷静に対処しながら、これまでこちらの話を聞かずに一方的に好き放題やってきた会長の面前に、ユニオンの面々と労働者の正論をつきつけて、自分の非を認めさせた上で、正々堂々と会社都合へこぎつけるんだと、自分に言い聞かせました。

週明けには動き出さなくては!

自己都合でも辞めたい2人

さて、3時間を費やしたメールに、たった1行だけの返信が5分後に会長から来たことをラインに流すと、すぐさまカリスマさんからも「私のところにも来てた。くそぅ~タヌキめ~~」と怒りのコメントが返ってきました。これで会長の対応がはっきりとしました。こうなったら、会社の対応がどんなに不誠実なものであろうとも、弁護士がついていない普通の労働者は、基本的には出社して転属先に異動するしかありません。ここで後ろ盾もなくゴネて出社拒否をしていると、懲戒解雇をくらうこともある、と労働局の女性担当者は言っていました。おとなしく転属先に異動して、この異動が不合理であることを証明していくしかありません。

子持ちママさんは、元から自己都合でも会社都合でも問題ないため、週明けにはK文書(退職願、退職日決定通知書、代休・有給休暇消化のための別紙)を提出し、たまりにたまった代休と有休(一部法定の有休を含む)を消化して、その後は1日も出社することなく、4/20付けで退社することに決めました。

おっちょこちょいな人も、本当は会社都合がいいけれども、先日の会長とのタイマンで頭が痛くなってしまったこともあり、これ以上の交渉はしたくないということで、もう自己都合でもなんでもいいからK文書を提出し、数日だけは出社して書籍編集の残務をし、あとは代休と会社基準の有休だけを消化して、4/20付けで退社することに決めました。

2人とも週明けに自己都合退職のK文書を提出するために、「時間を取ってもらいたい」と会長宛に電話をして、それぞれに打ち合わせ時間を取ってもらいました。

自己都合では納得がいかない

さて、残るはカリスマさんと私ですが、共通しているのは「自己都合では納得がいかない」ということでした。一方的に解雇といわれて、説明ができないからと解雇を撤回され、自分のスキルとは違う部署に転属という嫌がらせをされた挙句に、自己都合退社というのでは、納得がいくはずもありません。しかし、カリスマさんと違って、身内に弁護士がいない私は、とりあえず週明けの3/21には出社するしかありませんでした。

ところが、この会社は編集局と営業局では勤務時間が異なっており、編集局は朝10:30~、営業局は朝9:30~となっています。辞令には「3/20付けで営業局販売部に転属」となっていますから、3/21は朝9:30に出社すべきだということになります。また、席も当然移動しなくてはなりません。すでにクビになるつもりで、2月末までに自分のデスクは片付けてありましたから、「明日からこっちの席へ来てくれよ」と言われたら、すぐに移動できる状態でした。だから、21日の朝から営業局の空いている席に座ることも可能です。そう思うと「21日はいったい何時に出社して、どこに座ればいいのか?」という疑問が湧いてきました。そのことをラインに流すと「聞いてみたら?辞令に従うフリで」とカリスマさんが返信してきたので、それもそうだと思い、会長宛に電話することにしてみました。

狙ったわけではないけれど

会社の代表番号へ電話すると、販売部の内勤の女性が少し驚いたような声で対応した後、会長に取り次いでくれました。来週解散のはずの書籍編集部の面々から、相次いで会長宛に電話が入り、何事かと思ったのかもしれません。

会長はやや硬い声で「はい、かわりました」と電話に出てきました。私は「あの、来週の21日なんですけど~」で少し言葉を切りました。ここで会長は、他の2人のメンバーと同じように、私から「退職願を出すための打ち合わせの時間を取って欲しい」と言われると思ったのでしょう。

ところが、「朝は9:30までに行ったほうがいいですかね?」と私が言ったので、予想外の質問に会長はちょっと「ファッ?!」っとなっていましたww その後も私が「○○さんの席が空いているから、そこに座っていいですかね?」「名刺がまだ書籍編集部のしかないんですよね」「上着は着ていったほうがいいですか?」と立て続けに質問をすると、会長は「いや、あの、その日は、いろいろと説明とか、あるから・・・・」とシドロモドロになりながら、「21日は今までどおりの10:30に」「現在の書籍編集部の自席に座っているように」といいました。

電話を切った後にラインでメンバーに報告すると、「そりゃあ、あれだけグウの音も出ないメールの後に、そんな素っとぼけた電話掛かってきたら狼狽するよwww」と大ウケでした。みんながそうやってウケてくれたおかげで、ほんの少しだけ、私も仕返ししてやれたような気になりました。

ちなみに最後の反論メールはこんな感じでした

株式会社○○○○○○○

代表取締役 ○○○○ 様

 

本日、平成29年3月16日付の辞令を受け取りましたが、このたびの一方的な解雇通告、解雇撤回、営業局販売部への配置転換命令の辞令のすべてについて、承服できません。

平成29年2月20日付での解雇の際、整理解雇をするにあたって必要な4つの要件を満たしておらず、また解雇通告をしておきながら、新たに人員募集をするといった矛盾行為を行なうなど、解雇にあたっての客観的合理性や社会通念上の相当性を欠いておりました。貴社も違法であることに気がつかれて、平成29年3月13日に解雇を撤回されたものと推量いたしますが、以下に、私がこれらを承服できない理由と、お尋ねしたいことを記します。

まずは一方的な解雇通告と解雇撤回について、いまだ、書籍編集部4名が解雇にいたることになった前期の損失、約??00万円についての、経営の開示、財務諸表の開示がされておりません。また、これらが開示されていないにも関わらず解雇撤回となりましたが、約??00万円の損失について、どのように補填し、今後の経営・財務状況を改善されるおつもりなのかがまったく分かりません。このままでは、会社がいつまで存続するのかと大変不安になります。

今回の解雇撤回となるような解雇回避の努力をどのようにされたのか、ぜひ教えていただきたいと思います。ご存知とは思いますが、解雇回避努力とは、新規事業からの撤退、資産の売却、役員報酬のカット、新たな融資の取り付けなどが一般的に行なわれるものと思われます。これらの解雇回避努力について、平成29年2月20日の解雇通告から平成29年3月13日までの解雇撤回の間になされたことについて、具体的な資料によってご説明いただき、社員を安心させていただきたいと思います。

また、本日受け取りました辞令について質問がございます。平成29年3月20日より営業局販売部への転属とのことですが、私が入社しました平成25年4月2日の時点では、それまでの8年間の雑誌・書籍編集のキャリアを認めてくださり、書籍編集部へ配属する社員として採用されました。また、それを受けて、これまで約4年間にわたって書籍編集の業務につとめてまいりました。このような入社経緯とこれまでの書籍編集の仕事内容と照らして、平成29年3月20日付けで営業局販売部への配置転換命令は、なんのご説明もないままでは納得できかねます。ちなみに、ご存知かとは思いますが、法的には、キャリアや入社の際の説明と経緯などに照らして、合理性を欠く配置転換命令は、権利濫用として無効となりますことを申し添えます。

また、現在の書籍編集部人員の大半が営業局販売部に転属となるようですが、営業局販売部にそれほどの人員が必要になるような、人員の欠如、または新たなプロジェクトなどがあるのでしょうか。このあたりもぜひご説明いただきたく思います。販売部が忙しくなるのは、会社の利益が増す話だと思いますので、前向きなお話を聞くことができれば、私も営業局販売部への転属について、前向きに考えられるかもしれません。

そして、営業局販売部に転属となります場合の詳細な労働条件の提示もお願いいたします。私が知りたい労働条件とは、就業の場所及び従業すべき業務、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く)、賃金の計算の方法についてです。これらの労働条件を書面にてご提示いただきたいと思います。万が一にも今回の辞令が減給を伴う異動命令であり、その減給の金額が大きい場合には、労働者に対する不利益が大きすぎるとして、異動命令が違法となる可能性があることを申し添えます。

最後に、以上の理由により、このたびの解雇通告、解雇撤回、及び配置転換命令は、直ちに有効とは言えない状態であることをご理解いただき、上記の質問事項に対して、平成29年3月20日までにご回答いただきたいと思います。

何卒よろしくお願いいたします。

 

平成29年3月17日

○○○○○

最後の反論メール

かつて、こんなに推敲を重ねたことがあっただろうか

私はというと、お昼前からパソコンに向かって、せっせと「解雇、解雇撤回、配置転換に承服できないメール」を打ち込んでいました。全体の流れはカリスマさんの草案に沿いつつも、丁寧に、承服できない理由やその法的根拠、どういうことを答えてもらいたいのか、具体的な例を挙げたり、説明によっては「配置転換にも納得はするよ?」という姿勢も盛り込んでみました。

私が懸命にメールを打っている間にも、子どもが学校から帰ってきてしまい、「お昼に高級ハンバーガーを食べに行こう!」などと盛り上がっています。これだから、家に家族がいると、どうも締まりません。できれば、会長が昼休み(だいたい13~14時ごろ)から戻った時にはメールを届けておきたいところですが、それにはちょっと間に合いそうにありません。

パソコンで打っていたメールを今度はスマホに移し、車の中でもひたすら読み返して、抜けている部分や隙がないかをチェックします。高級ハンバーガーを食べている間もそんな調子で、ハンバーガーをなんとか口に押し込むのが精一杯。とてもじゃないけれど、味わっている余裕はありません。ダンナに「ハンバーガーを食べろよ」とからかい半分にいわれると、「お父さんは、お母さんが今回のことで不利になってもいいわけ?!」とマジ切れする始末。それぐらい苛立っていました。

今日は解雇予告日前の最後の平日で、しかも金曜日。金曜日は会長が出かけたついでにそのまま会社に戻らないことも多いため、「一刻も早くメールを送らなくては!」と焦ります。そんな私の焦りなどまったく意に介さないダンナは、ハンバーガー屋の後も自分の用事を済ませるために2件ほど立ち寄った挙句に、ようやく午後2時半過ぎに家に戻ることができました。再びスマホから自宅のパソコンにメール文を移し、大きな画面で最後の推敲をします。もう何回読み返したかわかりませんし、こんなに長いメールを出すのは初めてです。ワードのデフォルトの文字数でA4用紙にびっしりと2ページ弱ありました。

3時間を費やしたメールへの返事は・・・

さて、間もなく午後3時というころになって、やっと自分のメール文に納得がいき、早速送ろうと思いました。しかし、会長がちゃんとこのメールを今日のうちに見るのかどうか、ふと不安になります。以前に個人個人で会長宛に出した「今回の解雇に承服できないメール」の時に、子持ちママさんがメールした後に電話をして「メールはご覧になりましたか?」と会長に尋ねると、「まだ見ていない」という返事が返ってきたということがあったので、「そんなごまかしをするかも」と不安になります。するとダンナが「開封確認をつければいいんじゃない?」と言ってきました。「そうか、開封確認があったね」と私もすぐに開封確認の付け方を調べました。

しかし、なんだかテンパっている時というのは、普段やりつけない手順をすっ飛ばしてしまうものです。気がついたら、開封確認をつけずに、普通にメールを送ってしまっていました。「あらら」と気がついて、今度は開封確認をつけ、さらに中のメール文にも「先ほどは開封確認を付け忘れたため、念のため、再度同じメールをお送りします」と文章を追加して送りました。

すると、開封確認のメールではなく、会長から1回目のメールに対して返事がありました。タイムスタンプは1回目のメールが送信された5分後です。内容はこうでした。

「○○です。

辞令以外には何も申し上げることがありません。」

こちらが3時間を費やして練り上げたメールにこの誠意のない返信。これは本当に腹が立ちました。もちろん全部に完璧に答えるのは不可能なのは分かっています。しかし、答えられる範囲で答えて欲しかった。メールで答えられないのならば、土曜でも日曜でも、こちらが会社に出向いてでも説明をしてもらえたなら、それでも良いと思っていたのです。しかし、会長はこちらに対して真面目に対応する気はまったくないようでした。